Mt.Gox(マウントゴックス)の閉鎖に関しては過去にもあったことであり、結果として再開した経緯はあった。しかしながら、今回の閉鎖に関して再開を見込む人は多くない。
先駆者であるMt.Gox(マウントゴックス)の挫折は、ビットコインを推進するグループ(主にビットコイン財団)は「これこそがまさにベンチャーの生みの苦しみだ」と感じているかもしれない。試練があればあるほど強くなるということは、企業成長およびその企業の生態系の広がりにとってはありうることだ。
しかしながら、今回のMt.Gox(マウントゴックス)の閉鎖に関しては、筆者は「ビットコインが分散的であるがゆえに起こったことが本質的に問題となっている」と考えている。
「分散的であるが故に、分散的でありつづけながら事業者自身がどこまで利用者保護を徹底できるのか?」という命題だ。
Mt.Gox(マウントゴックス)が閉鎖に至った理由は以下であるとされている。
1.送金時の認証プロセスにおける隙(Transaction Malleability)を利用して、悪意のある利用者が不正な引出しを行ったこと
2.Mt.Gox(マウントゴックス)の説明によれば、不正な引き出しに長期間気が付かなかったこと
しかし、そもそも果たしてこれは本当なのだろうか?
Mt.Gox(マウントゴックス)では、「顧客のビットコインはコールドウォレットに保存されており安全」、とされている。一方、ホットウォレットには閉鎖前まで2000BTCが保存されていたそうだ。
不正には1月時点で不正に気がついたとしている。(引き出しを停止した時点が気づいた時、というわけだ。注目すべきはこの時期はBitInstantのCEOが訴追された後のことである。)
一つの事例としてクレジットカードと銀行口座の例を上げたい。
ホットウォレットがクレジットカードの請求、コールドウォレットが銀行口座とすればイメージしやすいだろう。個人であれば、クレジットカードで不正利用があればすぐ気がつくわけで、銀行口座の目減りは一時的で防ぐことができる。
ホットウォレットがクレジットカードの請求、コールドウォレットが銀行口座とすればイメージしやすいだろう。個人であれば、クレジットカードで不正利用があればすぐ気がつくわけで、銀行口座の目減りは一時的で防ぐことができる。
1月中旬の時点では、Mt.Gox(マウントゴックス)は既にビットコインの引き出しは停止している。したがって、ビットコインの引き出し停止以降は、悪意のある利用者はTransaction Malleabilityを利用して引き出し要求はできない、ということになる。
果たして引き出しを停止するまそれまでの間(かなりの長期間でかつほとんどのビットコインが減るまでの間)、コールドウォレットの目減りに気がつかないものなのだろうか?仮にビットコインの流入があったとしても、引き出し要求に応じていればいるほどコールドウォレットのビットコインは減るはずなのに、である。
いつ誰がMt.Gox(マウントゴックス)からコインを不正に引き出しをしたのだろうか?
匿名性を価値としていたビットコインでは、それを追跡するのは至難の技である。
匿名性を価値としていたビットコインでは、それを追跡するのは至難の技である。
そして、なぜ、Mt.Gox(マウントゴックス)はそれに気が付かなかったのだろうか?
海外から渋谷を訪れた投資家に対して、Mt.Goxは「ビットコインはコールドウォレットに保管しているので安全」、とした説明は果たして本当だったのか?少なくともMt.Gox(マウントゴックス)自身で、コールドウォレットにあるビットコインの量を確認していない限りは、Mt.Goxがこのように答えるのは極めて不自然であり、それは虚偽であると言われても仕方のないことだろう。
ビットコイン財団およびビットコイン関連6社は自社の取引は安全である、という声明をだしている。
今回の問題はMt.Gox(マウントゴックス)にのみ起こったことであり他の6社は健全であることのPRに他ならないが、普通の一般的な投資家であればこう思うだろう、「何がMt.Gox(マウントゴックス)と違うのか?」と。
一般的な投資家のMt.Gox(マウントゴックス)の夜逃げ事件に対しての疑念が消えない限り、投資家が安心することはないだろう。
ビットコインの取引は分散的であり投資家は自己責任であるがゆえに(どの規制からも自由であるがゆえに)、一般的な投資家は現時点ではこの6社との取引をすること自体もリスクということになる。誰がこの会社が第2のMt.Goxにならないということを保証するのか?といえば、それを保証するものはいない。
やはりそれは自己責任ということになるのだ。
やはりそれは自己責任ということになるのだ。
ビットコインがこの先も普及していくとすれば、ますます利用者の安全性が求めらられることになる。その為に、当局が何らかの規制を行う可能性もあるし、合法・違法の判断を慎重に見極めていくことにもなるだろう。
決済手数料の安さを期待してビットコインを利用し始めた人が、無意識に担保されていると思っているのは取引の安全性であり、決済の安全性なのだ。クレジットカードに対してわずかばかりの手数料削減を期待して利用しはじめたにも関わらず、預けてあるコインや資金の引き出しに応じず、決済会社が夜逃げするとは夢にも思わないだろう。
利用者はビットコインの価格変動に関するリスクは認識していたとしても、決済会社の安全性は認識していない。その点の安全性を認識しなければ使えないのだとしたら、多くの人が利用を躊躇するのは当然だ。それは普及速度の遅延を意味することになる。
これからもビットコインが分散的であり自己責任であろうとし続ければし続けるほど、利用者保護の間に矛盾を抱えることになる。
常に事業者は「ビットコインの利用は自己責任である」、と言い逃げることが可能だ。その事業者が夜逃げをする直前までそう言い続けるだろうし、現にMt.Gox(マウントゴックス)は、実態がなく機能していない状態であっても、いまがどのような状態であるかを説明することなく、「利用者を守る為に」という方便を使って雲隠れしている。
ビットコインは本質的に分散的であるがゆえに事業者においては、ビットコインの技術はこれまでもこれからも無謬であると認識しており、利用に関する安全性を担保しようとはしないし、する考えもないだろう。
ビットコインは本質的に分散的であるがゆえに事業者においては、ビットコインの技術はこれまでもこれからも無謬であると認識しており、利用に関する安全性を担保しようとはしないし、する考えもないだろう。
ビットコインの価格が上昇しており期待を集めつづけることができるのであれば、この影は表にでてこなかったはずであるが、奇しくもMt.Gox(マウントゴックス)の夜逃げでそれが顕在化してしまった形だ。(そしてギークユーザーではなく、一般的な投資家を対象としなければならないほど、ビットコインの普及は進んでいた。)
ビットコインは分散的であるがゆえに普及、特に利用者保護においての矛盾を抱えていることになる。そしてそれを認めずに、ビットコイン業界が自己責任の原則と分散的であるがゆえの魅力のみを持ってビットコインの将来性を喧伝し期待させることは、その意図そのものが無矛盾律に陥っていると言わざるおえない。
Mt.Gox(マウントゴックス)の悲劇がもたらしたことはビットコイン業界全体にとっても悲劇なのだ。
問われているのはビットコイン財団および共同声明を出した6社のMt.Gox(マウントゴックス)の事案に対しての具体的な企業態度であろう。
それが無策もしくは、後手に回るようであれば、規制当局が規制をかけるか、当局が法律により合法・違法の判断を行う可能性は高くなるだろう。
「無矛盾律を否定する者は、打たれることが打たれないことと同じでないと認めるまで打たれ、焼かれることが焼かれないことと同じではないと認めるまで焼かれるべきだ」
(イブン・スィーナー、中世の哲学者)